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俺様基準、定義がありなら「(〜というような)拉致は無かった」ともいえる
今回は一部順序を入れ替えます。
このあたりでだいぶ分かってきましたよ。つまりあなたは自分勝手な定義をでっち上げた上でその定義を満たすような事象は起きてなかったとしてるだけに過ぎなかったわけですね。そんなのがありなら、あらゆる事象について否定論を出せるでしょうね。なんつーかこういう無敵君を相手に”議論”すること自体が無意味なんだろうなと感じました。破綻した否定論=不法殺害ゼロ説 確立した否定論=中間説ともいわれる「まぼろし」説
基本的に「否定論」ってのは「盲目的な大虐殺肯定説への否定」ですから。「殺害行為の否定」とかではないんでねえ。
でも小林、渡部、田中、藤岡の四氏の見解は破綻してないんでしょ。やれやれ。破綻した否定論=不法殺害ゼロ説
中間説とまぼろし説を一緒にしちゃうのか。もうなんでもありなんですね。確立した否定論=中間説ともいわれる「まぼろし」説
秦郁彦著『南京事件「虐殺」の構造 増補版』(P.274、275)より引用します。
以上からわかるように中間説の提唱者の秦氏は自らと否定派、まぼろし派に対して明らかに距離をとっています。もって当時の加熱ぶりがしのばれるが、「事件後すでに約半世紀。”あった””なかった”の空論を断つ時が来たのではないか」というリードの主旨をめざしたのか、『諸君!』は翌年の四月号に「”虐殺派””中間派””まぼろし派”全員集合」と題した座談会を企画する。
洞富雄、秦、鈴木明、田中正明の四人に司会半藤一利(文藝春秋編集委員会)という顔触れで日曜日の午後、出前のコーヒーだけで八時間論じあい、くたくたに疲れたが結論は出なかった。
争点はいくつかあった。中島今朝吾(第十六師団長)日記の読み方、松井大将への戒告と御嘉賞、南京の人口、便衣兵の摘出などだが、洞、秦、鈴木の三人が規模はともかく、かなりの数の虐殺があったとする点では一致していたので、否定派の田中が孤立した感があった。
なにしろ中島日記をふくむ日本側の「不法殺害の証拠」が続出するので、それをすべて否認するのは容易ではない。中島日記に投降者七、八千を「処理」したとあるのは「即殺害とは限らないですよ」とか、天皇から松井大将に戒告と御嘉賞の双方が出たことについて「さあ、そんなバカなことがあるでしょうか。常識では考えられません」式に反論するしかなかったのは、いささか気の毒に思えた。
こうした田中流の反論では対抗しにくいと考えたのか、十年後の第三次論争期で東中野修道らの「新まぼろし派」は、数的に圧倒的な比重を占める入城式直前の便衣兵狩りは、便衣兵自体が国際法違反だから捕虜としての待遇を受ける権利を持たず、「虐殺」のカテゴリーから外すべきだという理論で武装するようになった。
また、この座談会でもそうだったが、「まぼろし派」の人びとは、他の二派を批判、攻撃はするものの、文字どおりまぼろしのゼロなのか、多少はあったとしたら何人ぐらいなのかについては口をつぐむ傾向があった。一〇〇人や二〇〇人のレベルでも、現在の基準では「立派な大虐殺ではないか」と反撃されるのを知っているから、数は禁物だったのだ。
さらに『文藝春秋』2006年9月号の保阪正康連続対談、「昭和の戦争 七つの真実 ―あの戦争から何を学ぶか―、vs 秦 郁彦、「南京と原爆 戦争犯罪とは」から引用します。
「連行した捕虜や便衣兵らを法的手続きを経ずに処断することは国際法規に違反します。」としており、否定派、まぼろし派とは明確に見解が異なっております。以上より、中間説の秦氏と否定派、まぼろし派とを同じカテゴリーに入れるのは明らかに無理があると私は考えますが、Tamanegiさんの基準ではそうではないのでしょう。保阪 しかし占領後、たとえ便衣兵とはいえ一旦捕虜となった者を、改めて連れ出して殺害したのを戦闘行為の延長ととらえるのは、どうにも無理があるのでは。
秦 そうですね。南京を完全占領してから四日後、日本軍は華々しく入場式を挙行していますから、戦闘は終了したという認識があったと見なせましょう。その後の殺害までを戦闘行為とは言いにくいでしょうね。また連行した捕虜や便衣兵らを法的手続きを経ずに処断することは国際法規に違反します。(…)戦争犯罪だ、と正面から責められれば、その通りで弁明のしようがない。
その定義だと、笠原説、洞説なども否定論ということになってしまいますが、Tamanegiさんとしては、それで問題ないのでしょう。基本的に「否定論」ってのは「盲目的な大虐殺肯定説への否定」ですから。「殺害行為の否定」とかではないんでねえ。
正直この時点で、これ以上のレスをする必要があるのか疑問に思ってしまいますが、一応今回はそれ以外の部分についても触れておきましょう。
で、その例が同時に、「真っ向矛盾する2つの史料・証言があればどちらかは虚構である」のも明らかです。その場合、いろんな切り口から判定してどちらか整合性の低い方を「無効」にする事になります。
南京の事例では↑がままあり、私は一貫してそのことを指摘しております。
だというのは分かるのですが、それらの内容のどの部分がどの史料と「真っ向矛盾する」のですか?つ富永博道
つ曾根一夫
つ田所耕三
つ富沢孝夫
なぜ
と人任せにしてしまうのでしょうか?あなた自身の主張ですよ。大体、私が挙げた史料は細部に矛盾があるものであって、「真っ向矛盾する」ものではありません。貴方にいろいろと提示してもらっているのでそれで十分かなと思いました。
基礎資料にはお詳しいと思いますので、スペースの都合上証言者の名前のみにてご容赦を。
第十六師団長の中島今朝吾の日記に「大体捕虜はせぬ方針なれば」とあることはすでに示しました。第十六師団という定員25179名の組織が方針として捕虜殺害をやっていたわけですが、Tamanegiさんの基準ではこれは組織的虐殺にはならないのでしょう。「より上位者から不法殺害禁止の命令が出ている」という点は組織的虐殺否定の根拠になり得ると思います。繰り返しになりそうですが。
いえ、上記の中島今朝吾日記の「大体捕虜はせぬ方針なれば」という記述の事をいっているのです。ああ、なるほど。「処置/処断=殺害」と無条件訳した解釈でしたか、それならば納得です。
いや、私はmiracleさんの反論や茶々入れにすでに再反論しているにも拘らず、Tamanegiさんがその再反論をまったく踏まえずに、「皆さん(注:といってもmiracleさん以外には見当たらないのだが)からも指摘があるようですが」なんてコメントしていることを言っているのです。議論を追っていけば、とても「皆さんからも〜」などといえないのに。私が南京問題を調べるようになったのはmiracleさんのブログを見つける随分前でしたし、それは無いですね。
「30万は嘘」に対して根拠を問う理由のコメント欄に以下のように書きました。とはいえ、専門家の意見にある程度の範囲で賛同したり同意したりはしているはずかと。
どういったものを虐殺のカテゴリーに含めるべきかという点においては、秦氏、板倉氏、南京戦史編集部らよりも笠原氏、吉田氏らに私の考えは近いです。ただ、「戦意を失った敗残兵の殺害は虐殺に含まれるべきだと思う」という主張はできる。その数がどれくらいになるかというと難しい話になるであろうが。
また、「」内は私自身の主張でもある。戦争が敵兵の殺害そのものを目的としない以上、軍事上必要性のない戦闘は回避されるべきと考えるからである。このような場合は捕虜として収容すべきであると考える。
ですが、被害者の推計となると話は変わってきます。
というか「なぜ自分の推計を示せないか」ということをエントリーにしているのですから、反論するならそれを踏まえて「いや、素人にとっても推計は困難なものではない。なぜなら〜」とやってくださいよ。
「嘘っぱちだし」といったからには、それだけの根拠があったはずでしょ?それを訊かれたところで、「『詰め寄って』こられた」と逆切れしてしまうくらいなら撤回すべきでしょう。とはいえ、あなたが「分かっていないのに知ったかぶりしていただけで、それを暴露されても認めない人」というのは十分分かりましたから、もういいですよ。でなければ「嘘っぱちとは何事だ」などと詰め寄ってくる動機が有り得ません。
明らかな間違いへの指摘と規模推計の難易度が同レベルなんですか?「シロウトだから偉そうな意見なんて出せないでちゅ」と片方で言いつつ「お前の意見は間違いだ!!!11!」と言うのはいかにも不自然だと思う次第。
つ「30万は嘘」に対して根拠を問う理由そんなに支持説の提示を避けたい理由がおありですか?
「支持説の提示を避けたい理由」ではなく支持説の提示ができない理由です。
Tamanegiさん自身、数千と認めているわけですが。>大規模な虐殺があったことは確定的であることを認めた
( ゜Д゜)ダレガ?ワタシガ?イツ?
数千の犠牲というのはTamanegiさんの基準では大規模ではないわけですね。失礼しました。戦死や傷病死、同士討ち、逃亡捕虜の処刑などは虐殺に含みますか?
含まないなら「虐殺」とやらいう「無計画な不法殺害」の規模は1万に満たないですよ。統計を総合すると、民間人の犠牲(戦争行為と無関係なもの)はだいたい数千(中国兵による犠牲を入れると1万〜2万)だそうです。
「2008.09.02 | Tamanegi URL [ 編集 ]」
第16師団の虐殺はTamanegiさんの基準では(ry貴方が、散々示してきたような史料から大規模な組織的虐殺というべきものがなかったことは示されているわけです。
さすがに今に至ってもあなたと定義を一致させられると思うほど私もあほではありません。ああ、そういえば「組織的」のみならず「大規模」「虐殺」についても定義が一致していませんでしたっけ。
出典をかけと何度(ryまあ、そもそもその「虐殺」の対象に市民証出したり一緒に新年のお祭りしたりしてるのは無視されてるあたり、アレかなと思いますが。
大体それを持ち出したところで、市民に対する戦争犯罪は否定できないわけですが、Tamanegiさんの基準ではそんなことはどうでもいいのでしょう。
憲兵の圧倒的な不足という軍の構造上の問題があるので、軍自体の責任もあると思いますよ。100〜200件くらいだったかな? 確かに過去のものと比較すると「膨大な」不祥事数なんですよね……
実に問題のある状況だったと思います。軍規違反という意味で。
そもそもTamanegiさんは「ゲリラ摘出に際して手間を掛けて選別」といっていたのですよ。何をいまさら泣き言言ってるんですか。私は選別が杜撰だったことを史料により示しました。それに対する反論はできないということですね。やられた側としては戦意の有無は区別不能ですからな。日本軍はエスパーにあらず。
武器を捨てているかどうかも本当には(捕まえてみないと)わからないですし。日本軍はエスパーにあらず。
大体「区別不能」、「わからない」にもかかわらず、殺害してよいというのはどういう…、ああTamanegiさん基準ですね。
で、捕まえた上で殺害したケースはどうなるのでしょう?
第9師団第6旅団歩兵第7連隊第1中隊 水谷荘一等兵日記「戦塵」
十二月十三日
(略)
引き続いて市内の掃蕩に移る。市内と言っても大都市南京、ほんの一部分の取りついた附近の小範囲に過ぎない、夥しい若者を狩り出して来る。色々の角度から調べて、敵の軍人らしい者二十一名を残し、後は全部放免する。
十二月十四日
昨日に続き、今日も市内の残敵掃蕩に当たり、若い男子の殆ど、大勢の人員が狩り出されて来る。靴づれのある者、面 タコのある者、きわめて姿勢の良い者、目付きの鋭い者、等よく検討して残した。昨日の二十一名と共に射殺する。
十二月十六日
目につく殆どの若者は狩り出される。子供の電車遊びの要領で、縄の輪の中に収容し、四周を着剣した兵隊が取り巻いて連行してくる。各中隊とも何百名も狩り出して来るが、第一中隊は目立って少ない方だった。それでも百数十名を引き立てて来る。その直ぐ後に続いて、家族である母や妻らしい者が大勢泣いて方面 を頼みに来る。
市民と認められる者は直ぐ帰して、三六名を銃殺する。皆必死に泣いて助命を乞うが致し方もない。真実は判らないが、哀れな犠牲者が多少含まれているとしても、致し方のないことだいう。多少の犠牲者は止む得ない。抗日分子と敗残兵は徹底的に掃討せよとの、軍司令官松井大将の命令が出ているから、掃討は厳しいものである。
南京戦史資料集
直前に示してある暴行、強姦のことです。ん? どっちの話です?<組織的な問題
暴行強姦その他の方ですか? それとも「命令違反がきちんと取り締まられなかった惨状」?
史料示して主張…、もういいや。「当時処理された死体数>>>>>>>戦闘以外(そちらの言う「虐殺」)で死亡した人数」なのはお解りになるかと思います。
あとは30万説との対照をすれば結論は自明なので略。
だから、そこにどのような史料が示されていて、それにより何が言えるのかを論じ…、もういいや。史料サイトはすでに列挙したような? まぁ、たくさん史料あるから仕方ないですかね(^^;
一応、そのあたり詳しいのはこちらのページです。
いえ、そういうことではなく民間人に限定すべきではないということです。兵士の殺害であっても戦闘によるものでないなら虐殺だということです。民間人、兵士それぞれに対する虐殺を問題にすべきということです。>しかしなぜ、民間人に限定するのですか?そもそも捕虜の処刑を散々問題にしてきたのですが?
そうなんですか?
であれば、今回の話題は「南京大虐殺に関する議論」ではなく「南京攻防戦での捕虜殺害問題に関する議論」でなくてはなりませんね。それで構いませんか?
Tamanegiさん基準ですね。わかります。組織的に、であればほとんどゼロになりそうです(軍人がやったなら組織的だ、という話なら別ですが、おそらくそういう解釈をしていないと思われる)。
史料…、はもういいです。「日本兵が」だったらまぁ、記録に残っている範囲で最大2万くらい(ほとんど捕虜)ですかね。
なるほど。「限りなくゼロに近い」説は問題でないと。確かに「限りなくゼロに近い」≠「ゼロ」ですものね。なるほど日本ではきちんと自浄作用が発揮されているわけですね。(棒読み)貴方が「否定論=殺害なし説が蔓延している、自浄作用ドコー」とおっしゃったので「んなアホな」という意味で申し上げました。
イタタタタ。そうか、そんなレベルで"議論"しちゃってたのか〜。そんなんで「南京問題を調べるようになった」てのはねえ。具体的に何を調べたの?「調べるようになった」にも拘らず『南京事件』すら読んでないでしょ。あ、これも「デマ」に対するTamanegi基準?別にデマは書いていないような。細かい数字で史料事実との「ブレ」はありますが。
小林氏のデマを指摘することと被害規模を推計することの難易度の違いも分かってないのか…。殺害規模の認識ひとつとてお答えはいただけないわけですし。
小林氏によるデマについての指摘は別にエントリーにしました。
映画見たことあるんですか? ないのなら凄いエスパーですね!
ああ、「中国の言ってることは誇張→南京「大虐殺」は捏造」になっちゃうのね。じゃあしょうがないや。南京の真実-南京大虐殺?それでも日本は黙っているのか 南京攻略の真実を伝える映画制作決定
「製作趣旨」より
南京陥落70周年の今年 (平成19年・2007年)、米国サンダンス映画祭にて、南京「大虐殺」映画が公開されました。さらに、中国、カナダ、米国等で計7本の南京「大虐殺」映画製作が予定され、全世界で公開されると言われています。歴史的事実に反し、誤った歴史認識に基づくこのような反日プロパガンダ映画によって、南京「大虐殺」なる歴史の捏造が「真実」として、世界の共通認識とされる恐れがあります。
http://www.nankinnoshinjitsu.com/
そのmiracleさんの茶々入れにどのような意義があるのかTamanegiさんは説明できる?「一回こっきり」という認識に対する批判に対して、「中国に怒られる」ことがなんらかの反論足りうるとでも?こういうところが「乗っかっただけ」なんですよ。ああ、中国に怒られる定義(By miracleさん)ってやつですね?
それだけ広範囲で虐殺が起こってたということです。東京裁判の判決における範囲を採用したって、一回こっきりなんていえません。また、他国の例を出したところで、日本がやったことは正当化できませんよ。まぁ、そこまで定義広げちゃっていいなら、アメリカもロシアも中国もまとめて「虐殺国家」ですやね。
『南京事件』すら読まずに「調べるようになった」なんていっちゃうあなたが何を言ってるんですか。いや、単に「この人はどうしてここまで南京虐殺を(規模の推定も無しに)肯定するんだろう」と不思議なのでお付き合いしているだけです。
ネット上で議論したところで「学術的にはFix」だなんていえません。あ、そうか。Tamanegi基準ですね。本題(某野球部と特定民族の自浄作用の具体差)については結論も出ていますから、単純にそこの疑問だけですね。それこそ「学術的にはFix」しているわけで。
誰のこと?政治的には「実は30万虐殺は嘘でしたー」になると困っちゃう人々がいるんでアレなのはわかるんですけど
もちろんTamanegiさんが自分の基準を持ち込むのは構わないんだけれど、だったら朝鮮人犯罪に対して同じように「大規模ではない」と言う声が上がったときには認めてあげなきゃね。
「でっち上げ」「Tamanegi基準」……次は何が来ますかな
No title
この=は≠の誤りなのだと思いますが。
そもそもまたよく分かって無いのに大風呂敷広げちゃっただけなんでしょ?もうやめといたらどうです。悪いことはいわないから、議論したいなら『南京事件』読んだ方が良いですよ。
>「否定論=殺害行為の否定、ではない」が「でっち上げ定義」だというなら、それこそまずソースよろっ。
こっちは根拠出すけどあなたは出せるのですか?
「正論 3月号 平成19年度」
現在、日本では南京事件をめぐり、「大虐殺派」「中間派」「まぼろし派」の三つのグループに分かれ、論争が展開されている。
(途中省略)
「中間派」は、虐殺説について「20万、30万人はあり得ないが、ゼロでもない。一定程度の虐殺はあった」とするグループだ。「4万人」(秦郁彦氏)、「2−3万人」(元防衛庁防衛研究所戦史部の原剛氏)、「1−2万人」(南京事件研究家の故板倉由明氏)、「1万人前後」(田辺敏雄氏)、「数千人」(中村粲氏、戦史研究家の畝本正巳氏)などに分かれる。「まぼろし派」は、「虐殺はほとんどなかった」とするグループだ。鈴木明氏の大宅賞受賞作「『南京の大虐殺』のまぼろし」から、この名がついた。阿羅健一、渡部昇一、故田中正明氏らがこのグループに属する。
wikipediaの南京大虐殺論争のページも同様だし、笠原十九司氏の『南京事件論争史』のP.285からの【年表】南京事件関係の書籍の出版でも、小林、田中、藤岡氏は否定派、秦は少数派と区別されていますし。
でないと「Tamanegiの意見はすべてでっち上げ定義による!!!11!」とされてしまいかねず、話が進みませんで。
なら、まずあなたが主張したんだからあなたが根拠を挙げるべきでは?そもそもあなたが言い出したことに対して「違うというなら根拠を出せ」と一方的にいうのはもはやトンデモの域に入ってますよ。
>でも肯定派からは否定論者呼ばわりされてますな。残念なことに。
ソースは?笠原氏は少数説として批判してはいますが、否定論者とは明確に区別してます(南京事件論争史)が?
>どっちみち私の意見は「犠牲者は捕虜も含めて2万〜最大4万程度(民間人は数千)、組織的ではなく命令系統単位の不祥事」「いわゆる「組織的大量虐殺」はなかった」ですので、別段影響もありません。
そういう張ったりは聞き飽きました。
>ゲリラ・逃亡兵に対して厳密な法手続きを取るのが事実上不可能であるのは、後のベトナム戦争でも立証され問題になりましたな。
ゲリラというのは、民間人の振りして"戦って"こそゲリラ。兵士が軍服から便衣に着替えただけでは、ゲリラとも便衣兵ともいえません。「南京戦でゲリラ・便衣兵と戦った」という史料があるなら出してください。出すのが面倒だというなら、最初から議論なんてしないことです。
>便衣兵に関しては、上の論点と合わせて以前に提示した北の狼氏のサイトに詳細なのでご参照を。
あなた自身の主張でしょ。なぜ自分で示せないのですか。無責任すぎませんか?
>まあ、当時の法規からは「便衣兵処刑=国際法違反」とは必ずしも言えないところでしょう。
便衣兵で無い時点で本来ならはなしは終わりなのですが、ハーグ陸戦法規第一款第二章では4条で「俘虜は敵の政府の権内に属し、これを捕らえた個人、部隊に属するものではない。俘虜は人道をもって取り扱うべし。兵器、馬匹、軍用書類を除き俘虜の所有するものを没収してはならない。」とされており、裁判なしに殺害などとんでもない話です。また、第二款第一章第23条では「3.兵器を捨てた自衛手段を持たない投降者を殺傷すること」ともしています。日本はこれに1911年に批准しています。
また、捕虜に対する人道的扱いは、1929年にジュネーブ条約により詳細に補充され、国際慣習法としても確立された法原則でもありました。(藤原 彰編『南京事件をどう見るか』斉藤 豊「南京事件と国際法」)
>例えば連合国は〜アメリカ、ソ連、中国、etcetc.
スピード違反で捕まったときの「なんで俺だけ」みたいなのも使い古されてるんですよね。「他国がやってたから、日本もやって良い」ではなく「他国も日本も悪い」って言えばいいだけなのに。
>その2説は虐殺水増し部分〜がありますな。
もうもくてき【盲目的】
感情に引きずられて、理性を失い分別を欠くさま。
広辞苑第五版より
笠原氏は『南京事件と日本人』で中国側の30万人説への反論をしています。
洞氏も『南京大虐殺の証明』のP.148で矢次一夫『昭和動乱私史』上巻のP.343より引用し「中原海軍大佐は、下関において十数万の中国兵の遺棄死体を、その目でみたというが、これは、終章の3項「非戦闘員の組織的・無差別的逆殺の新証言」(三一七ページ以下)で紹介する松井石根大将の専属副官だった元大佐角良晴氏が草●峡辺(●は革部の圭)で十二、三万の遺棄死体を見たという証言と同様、ひどい過大視だと思う。」としています。とても盲目的とはいえないようですが。
富永、曾根、田所、富沢氏の証言ですが
これらのことからは、積極的に虐殺否定ができるわけではないですね。曾根氏の件は笠原氏の『南京事件論争史』で少し触れているので一応把握していますが、ソースが無いのでそれ以外は確認できずあまり突っ込んではいえないのですが、富永、曽根両氏の件は伝聞情報を実体験として語っていたということでその点は証言者としての誠実さに問題があるものの、全て嘘として扱うのも問題ありかと思いますよ。
なおあったとする証言はそれ以上にたくさんあり、それらと戦闘詳報、陣中日記から南京事件があったこと自体は揺るがないわけで。
その点では南京事件も拉致も同様です。
>この方針に〜では史料や証言を確認。
例外があったということはいえるのですが、それで組織的な虐殺を否定することはできませんね。一方で捕虜をきちんと扱いつつも、もう一方で捕虜を虐殺しているときに、プラマイゼロみたいな言い方はできないわけですから。
>私達は単に〜簡潔になりますよ。
この辺はあなたのはったりが明らかになったので終了。
>ありますよ?〜当然にご存知ですよね?
同上
>首都侵攻における〜言い過ぎですかね?
南京から脱出していた人間を「殺さなかった」ことをもって「保護した」ということになってしまうので、さすがに言いすぎかと。
『「南京事件」日本人48人の証言』P.261「(前略)中には指摘された者の家族が、うちの人は兵隊ではない、ということもあったようです。また、新聞記者から聞いた話ですが、新聞社で使っていた中国人が連れて行かれたので、憲兵隊にそのことを言って、危うく助けてもらったということです。いいかげん連れていったことがあったようです。(途中省略)まだ上海にいた時のことですが、一度こういうことがありました。陸軍の兵隊が支那人をつかまえてきましたので、どうするんだときくと、怪しかったらやりますと答えてました。どうして怪しいのがわかるのか、と聞くと、面構えでわかると言ってました。
「手間をかけた」ねえ。まあそう思いたいんなら止めはしませんとしかいえませんね。
>>直前に示してある暴行、強姦のことです。
>暴行・強姦は命令としてすら出ていないので、「取り締まりを逃れた不祥事」ですな。
すいません。直前にある捕虜殺害です。間違えました。
とはいえ、暴行・強姦も
四日にやってきた青木企画院次長一行に、やはり中島(今朝吾第十六師団長)が平然と、『略奪、強姦は軍の常だよ』と語るので、文官の手前、恥ずかしくなった、と案内役の岡田芳政大尉は回想している。
(秦郁彦『南京事件』P.174)
みんな殺せという命令が、抗州湾上陸の直後に出された。河野さんは、たしかに命令伝達書を見た。そこには、つぎのようなことが書かれていた。
―共産主義の暴虐を許さず、共匪の跳梁を粉砕するため、農夫、工夫はもとより、女子どもにいたるまで、全員殺戮すべし。
(猪瀬直樹監修『目撃者が語る日中戦争』P.60〜62)
飯盒を枕に横になっていると、その兵士が話しかけてきた。戦争はひどいものですね、と言われて私はその顔を暫らく瞶めていた。現役兵のように若い兵士で柔和な顔をしている。病院は兵団を異にした傷病兵の雑居集団である。
この兵は抗州湾に上陸して、上海戦線の腹背を衝いた柳川兵団の兵士であった。私はその兵士から、兵団長の命令なるものを聞いて暫らく信じられなかった。それは、生ある者は皆殺せ、家は悉く焼け、と言うのである。
兵には命令は常に至上命令である。上官の命令は天皇陛下の御命令である。と耳に胝が出来る程教えこまれている我々である。始めの内は半信半疑だったが、事例を聞いている内に、疑う余地のない事を知った。
(石井清太郎「いのちの戦記」P.41〜42)
また国崎支隊の歩四十一連隊に従軍した宮下光盛一等兵は、抗州湾上陸時に、「我が柳川兵団は上陸後 (1)民家を発見したら全部焼却すること、(2)老若男女とわず人間を見たら射殺せよ」(宮下手記『徒桜』)との命令を受けたという。
秦郁彦「『南京事件』P.70
というようなこともあり、これはこれで組織性が問題にされるべき事例だと思います。
>兵士は多くがゲリラ化して日本軍の悩みの種だった。
南京でゲリラと交戦したという史料を出せますか?
>見たことがあるのかどうかをお聞きしているわけですがー。
見る以前に「南京「大虐殺」なる歴史の「捏造」」と製作趣旨にあるわけですが。中身以前にこれは大きな問題だと思うんですが。
>中国はもっと狭い範囲で〜って話ですね。
すでに説明したのですが日本の肯定派は中国側とは異なった見解を持っていますし、笠原氏はむしろ中国側見解を批判しています。なので、日本の肯定派は別に困らないでしょうね。中国の犬、媚中派みたいなレッテル張りをしたい人は困るでしょうけど。
>「定義が当初のものからずれていき〜できませんよね。失敬失敬。
質問趣旨が良く伝わっていないのでもう一度。中国に怒られる」ことが「『一回こっきり』という認識は誤りである」という批判に対して、なんらかの反論足りうるとでも? 南京事件はそもそも南京攻略戦に付随して起こった(人によってどの辺までを「付随」したものとして扱うかに違いはあるが)多くの戦争犯罪の集合であったわけです。当初からそう認識されていました。東京裁判、南京軍事法廷でもそう認定されています。なので一回こっきりというのは明らかに間違いなのですが、あなたが意地でもそれを認めないということは分かりきっているのでそれはそれで構わないですよ。
>直前でも触れましたが、〜反省すべきは反省すべし。
「日本もやった。他国もやった。」といえばいいと思います。
>南京の話は、別にここでの議論に関わらず「学術的にはFix」してるんじゃないですかね?
確か貴方もそれに賛同してたような。
いや、これは「本題(某野球部と特定民族の自浄作用の具体差)」のことでしょう?
>中共政府あたりですな。〜松岡環氏とかその辺?
「産経」06/03/02
中国が日本の大陸侵略意図の証拠としてきた「田中上奏文」について、中国政府直属の学術研究機関である社会科学院の蒋立峰・日本研究所所長が「存在しなかったという見方が主流になりつつある」と述べ、偽文書であることを事実上認めていたことが1日、分かった。
昨年12月に中国を訪問した新しい歴史教科書をつくる会の八木秀次会長(当時)らのグループに語った。
(途中省略)
しかし、蒋所長は八木氏らに「実は今、中国では田中上奏文は存在しなかったという見方がだんだん主流になりつつある。そうした中国の研究成果を日本側は知っているのか」と、中国の研究成果としても偽文書が通説であることを明らかにした。
こんなこともありましたから、意外とあっさり引っ込めるかもしれませんよ。「30万人説」の元になってる南京軍事法廷だって「あれは国民政府がやったことで」的な言い訳も一応可能だと思いますし。ただ、孫宅●(●は山部に魏)氏は藤原彰編『南京事件をどう見るか』「南京大虐殺の規模を論じる」を読んだ限りでは、かなりガチで30万人説(しかも戦死者は除いて)を主張してるっぽいです。あと、松岡氏ですが表彰されたからといって、本人が30万人説を支持するかというのとは別の問題だと思いますが。
>いいですよ?〜雄弁ナリ……と。
「外国人犯罪 国籍」でググったらこんなん出ました。
http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/hitori040506.htm
2004年のデータなのですが、居住人口に対する受刑者の割合は中国人やイラン人のほうが高いようなのですが。まああなたが意地でも自説を引っ込めないことはよく知っているので、(ry
それと史料の引用についてですが、何かを主張したいなら、どのような史料からどのようなことが言えるかを示すためにきちんと引用すべきだと思いますよ。何も全文引用する必要はないわけですし。
某所での指摘をうけ反省
まず、中心としての議題は
●「南京虐殺否定論が蔓延している現状は、日本社会が自浄作用を発揮しているといえるか?」
であり、そこに対する疑義として
1.「無検証の過大な虐殺肯定論(例えば中国側の30〜40万説)に対するカウンターとしての「否定論」は上記「蔓延」に含まれるか?」
2.「適切な「南京事件」の規模認識として双方が意図・賛同している意見はそれぞれ誰の、どの定義・規模の説か?」
という前提をクリアした上で、
3.「『日本社会が自浄作用を発揮しているかどうか』の比喩に「南京虐殺否定論」を持ち出すのが適当か、「否定論は定義・規模を問わず完全虚構」と言い切れる余地があるか?」
について再確認させていただければと。
YesNoどちらにしろここに結論が出れば、エンドレスな南京話題については(互いの認識・知識・意見の差は別として)切り上げられるのではないかと思います。
南京の話についてはご所望の限りいくらでもお付き合い致しますので。
その代わり、上記●の解決に向けて前提123のクリアに関するご協力をいただければありがたく思います。
以降はレス。
>この=は≠の誤りなのだと思いますが。
それじゃ意味が通らなくなってしまいます。
「数十万規模の大虐殺」を否定する側としての「南京虐殺否定論」とは「否定論=殺害行為の否定」のみではないわけですので(もちろん私の意見も「否定論=殺害行為の否定」という定義にはない)。
>こっちは根拠出すけどあなたは出せるのですか?
「虐殺」という定義に『捕虜・逃亡兵殺害やゲリラ選別の際の犠牲などを含むのか、上海〜南京までの広い範囲における軍事行動を含むのか、中国兵による犠牲で日本軍のものとしてカウントされている分を含むのか』、等の問題があるのは繰り返し述べましたしご承知のことだろうと思います。
その上で、「肯定派の定義としての「虐殺」は範囲が広すぎる。ホロコースト的、組織としての「虐殺」はなかった」とするのが「まぼろし派」の定義です。
(--以下ウィキペディアから引用。東中野教授のまとめ定義より)
便衣兵(ゲリラ兵)、投降兵の殺害については戦闘行為の延長であり国際法上合法であるとし虐殺に分類しない。日本兵による犯罪行為も若干はあったが大規模な市民殺害は当時の史料では確認できない。埋葬記録などの死体数に関する資料は捏造・水増しであり、史料により確認できる死体は虐殺に該当しないと主張する。よって、虐殺に該当するような行為はほとんど無かったと主張する。
(--引用ここまで)
「南京救済国際委員会報告書」には現地での日本軍の行動について「the general slaughter」大規模な不当殺戮行為と記されていますが(当時の戦況からも当然だし、捕虜は2万程度処刑されている)、「不法な」行為であるとは示されませんでしたし、国際法違反との指摘もありませんでした。
>笠原氏は少数説として批判してはいますが、否定論者とは明確に区別してます(南京事件論争史)が?
あれから調べてみたら、逆でした(秦氏が笠原氏を「大虐殺派」として強く批判している)。
「秦氏が肯定派から否定派扱い」は私の記憶違いにて、謝罪し撤回いたします。失礼しました。
>兵士が軍服から便衣に着替えただけでは、ゲリラとも便衣兵ともいえません。
それ(降伏せずに軍服を脱いで潜伏)がすでに違法なんですが……
詳細は下記参照。
ttp://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello01.html
「それでも処刑は駄目だ」という意見もあろうかとは思いますが、人道優先で論じずに便衣の合法性欠如と戦時ゆえの危険性(つまり当時の状況)に論点を絞ればやむなしかと。
>あなた自身の主張でしょ。なぜ自分で示せないのですか。
私が無から構築して捻り出した説ではないし、検証・比較した上で全面的に賛同している説であれば全文引用より「論述参照」の方が話が早かろうかと。
それに、ぐぐれば上の方に出てくるページですし知っているかなーと安易に考えていました。そこの横着に関しては申し訳ありません。
>「他国も日本も悪い」って言えばいいだけなのに。
まさにその通り! ところが、なかなか言ってもらえませんのでね……
東京裁判ばかりを盾に、日本ばかりが戦争でいっぱい殺した扱いなのはつらいところです。
>富永、曾根、田所、富沢氏の証言ですが
>全て嘘として扱うのも問題ありかと思いますよ。
要するに「実体験と嘘ついて伝聞を体験したように述べたけれど、伝聞元の事実はあったに違いない」ということですね。「伝聞元の事例は『たぶんあった虐殺のどれか』ということで、検証の必要もなし」と。
納得はできかねますが認識としては了解しました。
>南京事件があったこと自体は揺るがないわけで。
そうではないでしょう。
めぐみさん関連の証言(すべて実体験と確定済み、一部数値がブレているが他の情報と合わせて修正可能)と南京事例のいわく付き証言(伝聞?虚構?を実体験として証言)がまったく異なる、比較として不適切であったこと、には納得いただけたでしょうか。
>例外があったということはいえるのですが、それで組織的な虐殺を否定することはできませんね。
例外……ですか。副官自ら師団長命令を翻していても、証言だけで簡単に複数の反例が見つかる状況でも「例外」。ふむ。
割合的にどれくらいあれば「例外」から「明確な方針はなかった」になるのでしょう。そして、「例外」であったなら、彼らはみな本来は命令違反で軍事裁判行きだったのでしょうか。
私としては十分に反例がある事象と考えているだけに、ここは意見が合いそうにないようです。
>すいません。直前にある捕虜殺害です。間違えました。
了解です。それならば引き続きの「組織的かどうか」議論に関する話になりますね。
>とはいえ、暴行・強姦も(中略)
>これはこれで組織性が問題にされるべき事例だと思います。
そうですね。各種資料との矛盾有無などもしっかり検証しなくてはならないと思います。
しかしどう考えても中島師団長個人は殺人狂としか思えない……誰だこんなの中将まで出世させた軍事官僚は!(怒)
>南京でゲリラと交戦したという史料を出せますか?
南京市での交戦となるとちと微妙ですかね……掃討戦でしたし。
存在を示す分にはこんなところで。
ttp://www.geocities.jp/nankin1937jp/page004.html
「中国軍との戦闘では常に便衣兵に悩まされていた」という証言が東京裁判でありましたが(第三師団野砲兵第3連隊・大杉浩少尉)、そちらはどれぐらい検証されていたかちょっと詳しくないので参考のみに留めます。
>「南京「大虐殺」なる歴史の「捏造」」と製作趣旨にあるわけですが。
どんな「捏造」かにもよりますしね。そもそも「大」にしろ「虐殺」にしろ、定義上の争いからあるわけですし。
学術的にはだいたい一定の範囲に収まってきている(中間説は規模についてはブレを含んだ妥当な説だと思う)ものの、政治的にはまだまだ論争が収まる気配もありませんで。
>多くの戦争犯罪の集合であったわけです。(中略)なので一回こっきりというのは明らかに間違いなのですが
ぶっ! そういう意味での「1回こっきりではない」ですか! 最初からそう言ってくださいよ!
こっちは「南京事件のような事例」という1くくりで言ってるんだから、話が合わないわけです。
その定義なら当然そうなりますね、不法殺害その他は何万件というオーダーだと言われてるわけですから。それは同意しますよ。ただ、私の「1回こっきり」という言葉の意味(くくり方の単位)を捉えていただけてないということで残念ですが。
>「日本もやった。他国もやった。」といえばいいと思います。
同意です。他の肯定派の方々も、そのような立場で広く視点を持って欲しいですな。
そうすれば、今のメディアシーンのような「日本の60年前までの悪行は繰り返し繰り返しリピート、しかし隣国の現在進行形虐殺はスルー」みたいな異様な光景は減っていくかなと。
>こんなこともありましたから、意外とあっさり引っ込めるかもしれませんよ。
そうなってくれるといいなと心から思います。
>居住人口に対する受刑者の割合は中国人やイラン人のほうが高いようなのですが。
前の例示は凶悪犯罪の比率で述べたので。窃盗とか何とかも含めての収監ならそうですね。
まぁ、「〜の方が高い」からといって、朝鮮人犯罪(の凶悪犯)が正当化できるわけでもありませんが。
>史料の引用についてですが、何かを主張したいなら、どのような史料からどのようなことが言えるかを示すためにきちんと引用すべきだと思いますよ。
うーん、まあ了解しました。
なにせコメ欄はそれなりに制限がありますし、ぐぐれば出てくるレベルならみんな知ってるorすぐに確認できるだろー、という安易な発想もありましたもので。
以後注意します。
「戦争論批判」の方については本題と逸れまくりかなと思って後回しにしてましたが、近いうちにレスします。ご容赦いただければと。
No title
まず最初に、訂正とお詫びを。
私は、
>ソースは?笠原氏は少数説として批判してはいますが、否定論者とは明確に区別してます(南京事件論争史)が?
としましたが
『歴史の事実をどう認定し教えるか』(P.100)に笠原氏の以下のような発言が掲載されています。
>否定派は大きく三つあって、一つは南京大虐殺事件の歴史事実そのものを否定する「虚構派」、あるいは「まぼろし派」ともいいますが、事件そのもの全面否定する人々。それともう一つは、あったことはあったが、中国の言うような三〇万人の虐殺はなかった、だからなかったというトリックを使う、亜流の姑息な否定論があります。この人たちは、南京大虐殺事件を三十万人虐殺と勝手に定義して、その三〇万人虐殺はなかったから、事件はなかったと言います。三番目の類型は、被害者を少なく見積もる、「虐殺少数説」というべき南京大虐殺否定論です。
笠原氏は、事件そのものの存在は認めている人も否定論者にカテゴライズしています。この点は私の事実誤認でした。謝罪・訂正します。
しかし、やはり秦氏らをまぼろし派に含めてはいません。
>まず、中心としての議題は
●「南京虐殺否定論が蔓延している現状は、日本社会が自浄作用を発揮しているといえるか?」
それと、「『朝鮮人は自浄作用を発揮してないから差別されても仕方ない』と主張するTamanegiさん自身は、南京事件否定論の蔓延に自浄作用を発揮しているのか?」ということも議題です。この点についてはすでに結論は出ましたが。
>1.「無検証の過大な虐殺肯定論(例えば中国側の30〜40万説)に対するカウンターとしての「否定論」は上記「蔓延」に含まれるか?」
わたしは、どのような否定説が問題か具体的にどのような部分が問題かを指摘しました。まずは、それをどう考えるかです。
また、一応は南京軍事法廷をベースとしていると思われるので、無検証は言い過ぎかと思います。それと、「カウンターとしての「否定論」」というのが笠原氏のいう「亜流の姑息な否定論」を意味するのであれば問題だと思います。
>2.「適切な「南京事件」の規模認識として双方が意図・賛同している意見はそれぞれ誰の、どの定義・規模の説か?」
「30万人大虐殺というが 南京には 当時 20万人しかいなかった」の誤りを指摘できなかったTamanegiさんの規模認識をここで示されてもそれに意味があるとは思えません。私自身の規模認識については、あえていうなら幕府山事件ですら一万以上の犠牲者が出ている以上は、少なくとも万のオーダーの規模ではあるのだろうという程度です。それ以上はなんともいえません。
>3.「『日本社会が自浄作用を発揮しているかどうか』の比喩に「南京虐殺否定論」を持ち出すのが適当か、「否定論は定義・規模を問わず完全虚構」と言い切れる余地があるか?」
少なくとも私が指摘したような問題はあり、またかなり以前から指摘されていたにもかかわらずいまだにデマが蔓延している以上「適当」であり、私が問題とした部分については「完全虚構」といえるでしょう。
>南京の話についてはご所望の限りいくらでもお付き合い致しますので。
まずは『南京事件』を読んで見るのがいいと思います。
>それじゃ意味が通らなくなってしまいます。
「数十万規模の大虐殺」を否定する側としての「南京虐殺否定論」とは「否定論=殺害行為の否定」のみではないわけですので(もちろん私の意見も「否定論=殺害行為の否定」という定義にはない)。
すみません。この部分はこちらが混乱してしまい、解釈を誤っていました。
>「虐殺」という定義に『捕虜・逃亡兵殺害やゲリラ選別の際の犠牲などを含むのか、上海〜南京までの広い範囲における軍事行動を含むのか、中国兵による犠牲で日本軍のものとしてカウントされている分を含むのか』、等の問題があるのは繰り返し述べましたしご承知のことだろうと思います。
その上で、「肯定派の定義としての「虐殺」は範囲が広すぎる。ホロコースト的、組織としての「虐殺」はなかった」とするのが「まぼろし派」の定義です。
いえ、まぼろし派は事件そのものを否定しています。
>(--以下ウィキペディアから引用。東中野教授のまとめ定義より)
便衣兵(ゲリラ兵)、投降兵の殺害については戦闘行為の延長であり国際法上合法であるとし虐殺に分類しない。日本兵による犯罪行為も若干はあったが大規模な市民殺害は当時の史料では確認できない。埋葬記録などの死体数に関する資料は捏造・水増しであり、史料により確認できる死体は虐殺に該当しないと主張する。よって、虐殺に該当するような行為はほとんど無かったと主張する。
(--引用ここまで)
ゲリラでなく敗残兵であり、拘束した上での処刑なら法的手続きを経なければならないので、合法とはとてもいえません。市民殺害にしても陣光秀証言、南京市崇善堂埋葬隊活動一覧表・付属文書、江浦県誌、江浦抗日烽火、高淳県誌、句容県誌、日軍侵占句容期間暴行録などがあるので、当時の史料で確認できずとも、その後の史料で確認できます。埋葬記録に水増しはあっても、大規模な虐殺があったことまでは否定できません。以上より、東中野氏の説は誤りです。
>「南京救済国際委員会報告書」には現地での日本軍の行動について「the general slaughter」大規模な不当殺戮行為と記されていますが(当時の戦況からも当然だし、捕虜は2万程度処刑されている)、「不法な」行為であるとは示されませんでしたし、国際法違反との指摘もありませんでした。
まさかこれをもって、不法ではなかったと主張するつもりではないですよね。国際委員会も合法ともしていないわけですし。こちらとしては、「だから何?」としかいえません。
>それ(降伏せずに軍服を脱いで潜伏)がすでに違法なんですが……
詳細は下記参照。
ttp://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello01.html
そもそもそのページでは違法とはしていないのですが。
「降伏せずに軍服を脱いで潜伏→交戦資格を失う→捕虜資格を失う」とはいっていますが。こういうことになるから、URLを貼るだけでなく自分の言葉で説明してくださいといってきたわけです。
で、そのページの内容についてですが
ハーグ陸戦協定
第二款 戦闘
第一章 害敵手段、攻囲及砲撃
第二三条 特別ノ条約を以て定めたる禁止の外、特に禁止するもの左の如し。
(ハ)兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること
(ニ)助命せさることを宣言すること
第一款 交戰者
第一章 交戰者ノ資格
第三條 交戦当事者の兵力は、戦闘員及非戦闘員を以て之を編成することを得。敵に捕はれたる場合に於ては、二者均しく俘虜の取扱を受くるの権利を有す。
とありますので、交戦者資格がないものを捕虜として扱わなくてもよいということにはなりません。
また、市民の服装で軍事行動となると、
第二款 戦闘
第一章 害敵手段、攻囲、砲撃
第23条:特別の条約により規定された禁止行為以外に、特に下記の物を禁ずる。
(ロ)敵国、敵軍に属する者を背信の行為をもって殺傷すること
に違反することになりますが、やはり南京戦での便衣兵との交戦の事例は示されていません。
奥宮正武『私の見た南京事件』P.60にも
>私の知る限り、彼らのほとんどは、戦意を失って、ただ、生きるために、軍服を脱ぎ、平服に着替えていた。したがって、彼らを通常いわれているゲリラと同一視することは適当とは思われない。
とあるように、彼らを便衣兵だから殺してもよいとはとてもいえないでしょう。
>まさにその通り! ところが、なかなか言ってもらえませんのでね……
東京裁判ばかりを盾に、日本ばかりが戦争でいっぱい殺した扱いなのはつらいところです。
Tamanegiさん自身のコメントなのだから、Tamanegiさん自身の認識を示せばよいでしょう。Tamanegiさん自身が「どっちも悪いことをした」と考えるなら、そのように書けばよいのです。
富永、曾根、田所、富沢氏の証言については、こちらとしては、「そもそも何を言いたかったのか」を見失って、為にする議論になりかけていたので、整理します。
角、澤田、児玉証言に対してのmiracleさんの反論から始まっていますが、そもそもmiracleさんは証言内容を自体を疑ったわけではないので、miracleさんに対する反論としては無意味だったかと思います。
また、その無意味な反論も「証言に食い違いがありますが、その点を持って「この証言は全く信用できない」とはできないでしょう。」というものであり、証言として採用できないものがあるにせよ、「そりゃ中にはそういうものもあるが、角、沢田、児玉証言は…」というだけのことであり、この点からも反論の方向性が間違っていたように思います。したがって、これ以上続ける意味が無いように思うのですがどうでしょう?
その上で、「それは違う」という部分に対してはレスをします。
>要するに「実体験と嘘ついて伝聞を体験したように述べたけれど、伝聞元の事実はあったに違いない」ということですね。「伝聞元の事例は『たぶんあった虐殺のどれか』ということで、検証の必要もなし」と。
「違いない」とはいっていません。どうも「0か100か」になっているように思います。その間に信憑性についてのグラデーションがあるわけです。ただ、やはり証言者としての誠実さは疑われるので相対的にその信憑性は低下するのは間違いないと思います。
>そうではないでしょう。
めぐみさん関連の証言(すべて実体験と確定済み、一部数値がブレているが他の情報と合わせて修正可能)と南京事例のいわく付き証言(伝聞?虚構?を実体験として証言)がまったく異なる、比較として不適切であったこと、には納得いただけたでしょうか。
富永、曾根、田所、富沢氏の証言が最初から無かったものとして考えても、その他の証言、戦闘詳報、陣中日記、中国側の記録、第三国の報道、安全区委員会に関する史料等から南京事件があったことまでは揺るがないわけです。南京事件、拉致ともにそれ自体があったということは確定でありその点では両方とも同じです。
>例外……ですか。副官自ら師団長命令を翻していても、証言だけで簡単に複数の反例が見つかる状況でも「例外」。ふむ。
割合的にどれくらいあれば「例外」から「明確な方針はなかった」になるのでしょう。そして、「例外」であったなら、彼らはみな本来は命令違反で軍事裁判行きだったのでしょうか。
私としては十分に反例がある事象と考えているだけに、ここは意見が合いそうにないようです。
「師団命令として虐殺を命じた」、「その命令を受けて虐殺した」という事実がある時点でどれだけ「反例」があろうと、「組織的虐殺」という事実は打ち消せないと思います。(「組織的」の度合いを下げることにはなるでしょうが。)
「組織的」の反対の意味の語句としては、「個人的」ですがこの対立軸で考えたとき師団長という立場にあるものがその権限により命じ、実行されたというケースがあるだけでとても「個人的」とはいえないでしょう。
「個人的〜」というと拉致における「一部の英雄主義者が暴走した」のような言い分がそれにあたります。こういう「下っ端が勝手に」のような弁明が通じるかといえば間違いなく通じないでしょう。(念のためいっておきますと私自身は金正日総書記の「一部の英雄主義者が〜」という弁明内容に与するつもりはありません。)
>そうですね。各種資料との矛盾有無などもしっかり検証しなくてはならないと思います。
しかしどう考えても中島師団長個人は殺人狂としか思えない……誰だこんなの中将まで出世させた軍事官僚は!(怒)
彼は、1945年10月に病死ししたため、戦犯になってはいませんが本来なら裁かれてしかるべきだったでしょうね。
>南京市での交戦となるとちと微妙ですかね……掃討戦でしたし。
存在を示す分にはこんなところで。
ttp://www.geocities.jp/nankin1937jp/page004.html
「中国軍との戦闘では常に便衣兵に悩まされていた」という証言が東京裁判でありましたが(第三師団野砲兵第3連隊・大杉浩少尉)、そちらはどれぐらい検証されていたかちょっと詳しくないので参考のみに留めます。
実際に交戦していれば、自衛の為にゲリラの現行犯を殺害することを問題視されはしないでしょう。しかし、上に示した奥宮氏の証言以外にも、『南京戦史』でも「場内における中国軍の抵抗は予期に反して微弱であっ」たことを認めていますし、難民区の相当を担当した歩兵第6旅団の副官だった吉松秀孝氏も「城内進入にあたっては敵の撤退が以外に迅速で、予期した抵抗に遭遇せず、(中略)極めて迅速に(掃蕩を)終了して引き揚げた。」としています。つまり、ゲリラと戦ったのではなく、便衣を着た無抵抗の者のうち兵士であると認定されたものを連行して殺したのであり、とても正当化できるものではありません。せめて、法的手続きを経た上でならまだしも、それすらなしでは擁護のしようがありません。また、軍服を脱いだことがいけないといいますが、軍服を着たまま降伏した兵士も大量に殺されていた以上、中国軍兵士にとって生き延びる可能性を見出すためにはこの手段しかなかったわけです。
>どんな「捏造」かにもよりますしね。そもそも「大」にしろ「虐殺」にしろ、定義上の争いからあるわけですし。
学術的にはだいたい一定の範囲に収まってきている(中間説は規模についてはブレを含んだ妥当な説だと思う)ものの、政治的にはまだまだ論争が収まる気配もありませんで。
誇張ではなく「捏造」ですよ。「あるにはあったが、30万人というのは〜」というひとが「南京「大虐殺」なる歴史の「捏造」」というでしょうか?南京事件そのものを否定していなければこんな言い方できませんよ。『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』に記された渡辺春己氏の発言に「広島原爆の被害者の数、これはアメリカ人がよく使う数字と日本の調査では何万人も違うんですが、だから広島に原爆は落とされなかったという話にはならないわけですね。」とあります。これを考えれば、「南京「大虐殺」なる歴史の「捏造」」というのが問題ありなのは明白でしょう。
>ぶっ! そういう意味での「1回こっきりではない」ですか! 最初からそう言ってくださいよ!
こっちは「南京事件のような事例」という1くくりで言ってるんだから、話が合わないわけです。
その定義なら当然そうなりますね、不法殺害その他は何万件というオーダーだと言われてるわけですから。それは同意しますよ。ただ、私の「1回こっきり」という言葉の意味(くくり方の単位)を捉えていただけてないということで残念ですが。
最初からそう言ってきましたが。戦争犯罪が繰り返されたものが南京事件なのですから、これを「1回こっきり」といっていいなら朝鮮人犯罪を1くくりにして「1回こっきり」ということもできてしまいます。
で、これまた私自身が何を言おうとしていたのかが分からなくなっていたため指摘できなかった点なのですが、そもそも私が問題にした南京事件否定論の蔓延(南京事件そのものではなく)というのは、(「蔓延」というのは回数をカウントできるものではないにせよ)長年克服できずにいる問題であり、この点も朝鮮人犯罪と同様でしょう。
>同意です。他の肯定派の方々も、そのような立場で広く視点を持って欲しいですな。
そうすれば、今のメディアシーンのような「日本の60年前までの悪行は繰り返し繰り返しリピート、しかし隣国の現在進行形虐殺はスルー」みたいな異様な光景は減っていくかなと。
日本のメディアが日本が直接かかわった虐殺を優先的に取り上げるのは自然なことだと思います。現に、原爆や東京大空襲も取り上げていますよね。たいていの場合は「自分達の国のことだから」で説明がつくことだと思います。
>前の例示は凶悪犯罪の比率で述べたので。窃盗とか何とかも含めての収監ならそうですね。
まぁ、「〜の方が高い」からといって、朝鮮人犯罪(の凶悪犯)が正当化できるわけでもありませんが。
前のコメントについて補足しますと「朝鮮人自体が多いのだから、犯罪件数が多いのも当然だろう」ということをいいたかったわけです。
二行目については、私も当然のことと思います。
>うーん、まあ了解しました。
なにせコメ欄はそれなりに制限がありますし、ぐぐれば出てくるレベルならみんな知ってるorすぐに確認できるだろー、という安易な発想もありましたもので。
以後注意します。
「便衣兵」の虐殺のときのように、それ自体が何を意味するのかを理解せずに何かを主張することになりかねないので、やはりきちんとしたやり方で主張すべきです。コメントは二回に分けてもよいし、全文引用する必要も無いわけですし。
>「戦争論批判」の方については本題と逸れまくりかなと思って後回しにしてましたが、近いうちにレスします。ご容赦いただければと。
もう何度目になるか分かりませんが、やるならまず『南京事件』くらいは読んで基礎知識を身につけた上でにしてくれませんか。そうでないと、お互いにとって時間の無駄ということになりかねません。
No title
この部分についてですが、「ベース」となるものはあるにせよ、それを鵜呑みにしているかのような部分が指摘されるケースもあり、これは「無検証」というのは間違ってはいないように思います。なので、上の引用部は撤回します。
本当にお前ら南京が大好きだな
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史料の後追いしてりゃいいんで、手間は調べて文章打ち込み(Web上にある資料でもなるべく簡潔にまとめ直し)の分だけではあり。まあそれが面倒なんですがw
>つまりあなたは自分勝手な定義をでっち上げた上で
「否定論=殺害行為の否定」が世のメジャー認識だという例があれば、でっち上げ呼ばわりもやむなしですが。
「戦闘行為中の民間人犠牲」「捕虜・ゲリラの処刑」をすら否定してる説なんて、先に挙げていただいた4名ですら当てはまりませんですな。
「否定論=殺害行為の否定、ではない」が「でっち上げ定義」だというなら、それこそまずソースよろっ。
でないと「Tamanegiの意見はすべてでっち上げ定義による!!!11!」とされてしまいかねず、話が進みませんで。
>中間説の提唱者の秦氏は自らと否定論、まぼろし派との間に明らかに距離をとっています。
でも肯定派からは否定論者呼ばわりされてますな。残念なことに。
まあ、「秦氏の自己認識では」という限定であれば「中間派=まぼろし派、ではない」というご意見は正しいと思います。失敬。
どっちみち私の意見は「犠牲者は捕虜も含めて2万〜最大4万程度(民間人は数千)、組織的ではなく命令系統単位の不祥事」「いわゆる「組織的大量虐殺」はなかった」ですので、別段影響もありません。
>連行した捕虜や便衣兵らを法的手続きを経ずに処断することは国際法規に違反します
ゲリラ・逃亡兵に対して厳密な法手続きを取るのが事実上不可能であるのは、後のベトナム戦争でも立証され問題になりましたな。
便衣兵に関しては、上の論点と合わせて以前に提示した北の狼氏のサイトに詳細なのでご参照を。
まあ、当時の法規からは「便衣兵処刑=国際法違反」とは必ずしも言えないところでしょう。明確に投降した捕虜を何の猶予も無く処刑したケースが「国際法違反」として吟味されるべきです。
もちろん、本来ならば日本の南京でのケース以外も含めて!
例えば連合国はドイツ軍捕虜をかなり殺してしまっていますが(フランスでは戦後の報復リンチ殺害も多かったそうな)、残念ながら罪には問われませんでした。いわんやゲリラ・逃亡兵をや……と言うと不謹慎なんでしょうけれども。
本来は、そこまで総合的に反省を敷衍することこそが戦争への反省。日本をスケープゴートにしても、結局はそれ以外の国がのうのうと同じ過ちを繰り返しますでなー。アメリカ、ソ連、中国、etcetc.
閑話休題。
>笠原説、洞説なども否定論ということになってしまいますが
その2説は虐殺水増し部分をやたら積極的に採ってしまっているので(例えば笠原説は「南京を脱出しようとする避難民の群れが」「長江南岸を埋め尽くすように集まっ」て海軍に掃討された(「南京事件」より)、等の証明性に乏しいカウントを含んでる)、「盲目的な大虐殺肯定」に当てはまってしまう部分がありますな。残念です。
>それらの内容のどの部分がどの史料と「真っ向矛盾する」のですか?
えーと。もちろん証言について確認した上でおっしゃってますよね?
知ってて聞いてきてるのなら相当に無駄レスなんですが(わかるのですが、って言ってるし)、まあ要望なので。
富永博道:南京戦での虐殺実行を証言。しかし当時は学生で軍に所属すらしておらず
曾根一夫:歩兵分隊長の権限・装備に基づいた虐殺行為を証言。しかし実際は砲兵隊の初年兵で部下もなく、証言内で虐殺に使用した武器も実際は所持せず
田所耕三:強姦と虐殺を証言。しかし該当日付に彼の部隊は南京におらず、後に「普通の話だと記者が興味を示さない」と虚偽証言の動機を述べた
富沢孝夫:南京発の石井大将による虐殺発生を諌めるための命令暗号を解読したと証言。しかし海軍兵が陸軍の暗号を解読できたとするのは不自然で、さらに該当日付に大将は入院により司令部不在
軍所属の有無や、当時の時系列を示す公式記録と「真っ向矛盾」しております。
これらの証言における虚偽・創作部分はさて、「細部の違い」なんでしょうか?
貴方が挙げた横田めぐみさん関連の証言と同列に扱えるシロモノでしょうか??←ここ重要
>大体捕虜はせぬ方針なれば
この方針に第16師団が大意で従っていたならば、Titan351さんの「師団レベルでは組織的」という説が立証されるでしょう。
では史料や証言を確認。
・衣川武一氏(歩兵第20連隊) 証言:「捕虜約2000のうち、帰順を申し出る者は、若干の米麦と白旗を持たせて帰郷させた」
・宮本四郎氏(師団副官) 証言:「(前略)続々と森からで出てくる。一万という報告は嘘でなかったと思った。これらはみんな報告に来た中隊が護送して、とにかく城内に向かった」
・原田兵次郎氏(歩兵第38連隊) 証言:「南京総攻撃開始以来の敵の死体計算が行はれた結果、(中略)ほかに生捕りにしてあるのが各部隊合わして一万二千と判明した」
・第16師団 歩兵第30旅団 記録:[備考] 俘虜7、200名は(中略)午後一時武装を解除し南京に護送せしものを示す
(歩兵第30旅団−第38連隊 戦闘詳報第12号)
とまあ、こんな感じです。見ての通り部隊によってバラバラ(どころか師団本部でも副官が師団長指示に反して捕虜を取ってる)、ということで私の意見(組織的ではなかった)の妥当性が認めていただけるかなと思います。
もちろん、miracleさんも指摘してたように、最上位の軍命が徹底されず命令系がしっちゃかめっちゃかになってた&取り締りのための憲兵が極少だったのは大問題でした。確実な反省ポイント。
>「いや、素人にとっても推計は困難なものではない。なぜなら〜」とやってくださいよ。
私達は単に「素人にとっても、自分の見解に最も近い専門家の意見を示すのは困難なものではない。なぜなら、それは個人の認識と学説との近似値を示す(それにより議論を円滑にする)だけのものだからである。というわけで支持意見の表明希望」と述べているのみです。
それがお嫌なのでないならば、問題なく「私はだいたい〜人説、あなたはだいたい〜人説。各定義はそれぞれ〜説ベース」とかやれて、議論がとっても簡潔になりますよ。
ということで、よろしければぜひ支持説の表明よろしこ。
別にその説に責任取れとか言いませんですよw
>「嘘っぱちだし」といったからには、それだけの根拠があったはずでしょ?
ありますよ? 死体処理数とか当時の人口推移記録とか。
むしろ何故「基礎資料を知っている人なのに30万説の虚構性に気付かないのか」の方が不思議です。死体処理水増しの話とかは当然にご存知ですよね?
>Tamanegiさん自身、数千と認めているわけですが。
首都侵攻における軍紀の乱れがもたらした不祥事や戦闘上の犠牲を「大規模な虐殺」と定義するのであれば、ですな。
その場に数千人いてその数千人を殺したなら「虐殺」かもしれんですが、数十万人いて数千人、しかも直接の戦地。「市民の99%を保護した」と言っては言い過ぎですかね?
>そもそもTamanegiさんは「ゲリラ摘出に際して手間を掛けて選別」といっていたのですよ。何をいまさら泣き言言ってるんですか。
泣き言も何も事実ですし。「選別は困難」「手間を掛けた」「それでも間違いはあった」、すべてまったく矛盾せず虐殺を否定する状況証拠ですが?
私は「選別無しに相手の戦意を判断などできない」と申し上げているだけです。そして実際に(主観的な成果はともかく)選別は数%の誤差を飲み込む形で実行されました。以上。
>直前に示してある暴行、強姦のことです。
暴行・強姦は命令としてすら出ていないので、「取り締まりを逃れた不祥事」ですな。
それも組織的犯罪になるとしたら、例えば現代で言うと「警察官が同僚誘って複数人数で痴漢やレイプ」も「警察の組織的犯罪」、と。ちょっと私の定義とはかけ離れますかなぁ……
「そんな定義ではない」という回答を期待。
>兵士の殺害であっても戦闘によるものでないなら虐殺だということです。民間人、兵士それぞれに対する虐殺を問題にすべきということです。
では当然に「民間人、兵士それぞれに対する」当時の状況も重視されるべきですね。
兵士は多くがゲリラ化して日本軍の悩みの種だった。すなわち民間人を手間を掛けて(しかも下手すると殺される)選別せねばならない。便衣戦術という国際法違反が捕虜の扱いに悪影響を与えた因果関係の強くある事が窺えます。
それらを前提として、不法殺害の是非の程度を吟味する必要があるでしょう。何でもかんでも「殺してる!ほら虐殺!やほーい!」な姿勢では検証になりません。
>「南京の真実」
見たことがあるのかどうかをお聞きしているわけですがー。
ないのなら凄いエスパーですね!
>ああ、「中国の言ってることは誇張→南京「大虐殺」は捏造」になっちゃうのね。
何の話でしょう? 見た見ないは「南京「大虐殺」」の話じゃないっすよ?
>そのmiracleさんの茶々入れにどのような意味があるのかTamanegiさんは説明できる?
中国はもっと狭い範囲で30万を主張しているんで、肯定派の定義広げによって逆にそれらが破綻しちゃうぜーあら大変♪って話ですね。簡単に言うと。
まあ、「不法殺害あった=大虐殺あった!!!11!!」になっちゃうのであれば、理論的な話は難しいかなとは思いますが。
>「中国に怒られる」ことが「一回こっきり」という認識に対する批判に対して、なんらかの批判足りうるとでも?
「定義が当初のものからずれていき、どんどん拡大している」という意味で、ばっちり。
そちらの最終定義だと、枢軸国も連合国もすべからく大虐殺国家、日本の分はあら随分少ないね──で終わってしまいますからな。
捕虜殺害の絶対数において、連合国の平均数に比べたら日本の分なんて……おっと、外国の例を出しても日本の罪は正当化できませんよね。失敬失敬。
>他国の例を出したところで、日本がやったことは正当化できませんよ。
直前でも触れましたが、日本の例と比べて、他国の同様な〜より大規模なケースが罪に問われていない(正当化されちゃってる)場合がなかなか多いもので。
逆はなぜ駄目なのだろうか? いや、単に負けたからなんですがね。反省すべきは反省すべし。
>ネット上で議論したところで「学術的にはFix」だなんていえません。
南京の話は、別にここでの議論に関わらず「学術的にはFix」してるんじゃないですかね?
確か貴方もそれに賛同してたような。
>ネット上で議論したところで「学術的にはFix」だなんていえません。
南京の話は、別にここでの議論に関わらず「学術的にはFix」してるんじゃないですかね?
確か貴方もそれに賛同してたような。
>政治的には「実は30万虐殺は嘘でしたー」になると困っちゃう人々
中共政府あたりですな。あっちはモロ政治的に歴史問題出してるんで引けないっすからね。
あと困りそうな日本国内の人達は……昔30万主張していた人達は最近すっかり表に出てないですけども、4年前くらいに虐殺記念館に表彰されてた松岡環氏とかその辺?
>だったら朝鮮人犯罪に対して同じように「大規模ではない」と言う声が上がったときには認めてあげなきゃね。
いいですよ? 「そのとき」が来る事は確実にあり得ないわけですが。
何せ朝鮮人犯罪は平時にあって60年越し、常に外国人犯罪の上位を占めてますからなあ(帰化者は除いているにも関わらず)。「同じように」という表現の入る余地がいきなり皆無、ほぼ100:0の賭けっすね。
(「何を言う、朝鮮人は捕虜を殺してなんかないぞ!」とか定義されたら私が不利になるかもしれないですね。その時は大笑いして差し上げます)
ま、統計は報道よりも雄弁ナリ……と。